2007-04-15
L晶学会の10周年記念座談会にあたって、K林先生から戦前の1937年のO物会誌にL晶の記事があるとお教え頂いた。へえと思いながら、昔のL晶討論会のT花先生の予稿をみていたら、戦前の片山正夫先生と大幸勇吉先生の物理化学の教科書にL晶の記述があると記されているのを見つけた。
勤め先の図書館にこれらの本はあったのだけれど、学内の先生が借りられているとのことで、そこにいって見せて頂いた。
大正13年発刊のそれらの本には、確かにL晶の記述はあり、すでにL晶とか晶Lといった訳語があてられていた。台湾のL晶表記が液態晶體であることを思うと、この時代にL晶という訳語が既にあったのは、かなりの驚きであった。
ところで、片山先生の御本、序文の書き出しが最高に素敵なのだ。内田老鶴圃が未だに版権を持っているかはしらないけれど、まあ、妥当そうな引用の範囲で紹介すると
序言
静かなること林の如きギッブス先生が其の不朽の研究を公にし、疾きこと風の如きファントホツフ先生が三大論文を連発して天下を驚倒してより、早四十年にならんとする。此の間に於ける化学の進歩は、恰も甲冑刀槍の争いより重砲機関銃の戦に遷りたる観がある。而して今や放射能の研究、電子説、量子説等の発達は、飛行機の襲来のごとく学者を悩ましつつある。
どう。いいでしょ。とっても
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